さくらと入学式
朝散歩の途中で帰宅する小学生たちに出会いました。3年生ぐらいかと思われる男の子が来たので「ずいぶん早いけど、学校終わったの?」と尋ねました。男の子は「きょうは入学式なので早く終わったんだ」と説明してくれました。そうか。きょうは入学式だったのかと納得した次第です。
そういえば、真新しいランドセルを背負った男の子が両親の後を追いかけるように歩いている光景が2~3組見られました。
そうした風景に似合うのは「さくら」ですね。ことしはどの桜も開花は早いようですが、当地のきょうは「八重桜」が満開でした。この桜を背景に「新1年生」親子が記念写真を撮っている風景も見られました。なんとなく「重さ」を感じさせる八重桜の風情は圧巻です。
3月の散歩は22回でした
少しでもパート仕事を長く続けるためにはそれなりの体調が求められる。そのためにというのは大げさかもしれないが「散歩」の継続が要点だと思い都合を見ては1時間ほど歩くことにしている。
3月の散歩は22回(日)でした。休んだのはスケジュールの密と雨でした。この回数は「努力賞」でしょう。ご褒美として第3の缶ビール500ミリリットルを進呈しよう。
4月もご褒美目指してガンバロウ!!
ありえない法案ミスを想う
新聞やテレビで相次ぐ「法案ミス」が話題である。日を重ねるごとに「ミス」の数が増えるのを見ていると「なぜだろう」と思う。確かに「多忙」とか「人員不足」があるかもしれない。しかし、それは理由にはならない。そのような任務作業の流れを容認した責任者が「明確な責任感」を持っていたかどうかが問われなければならない。思うにいつの間にか「忖度」が幅を利かすようになり「提出法案は2の次」になっていたのではないだろうか。
昔のことだがサラリーマンになったころ、試用期間の研修だったと思うが「校正」作業を手伝ったことがある。文章を2人で読み合わせながら「校閲」、「校正」する仕事である。もちろん大先輩と試雇期間の若者がペアを組んで「校正」作業を進める。
簡単な例で言えば、人名の「カワムラ」の場合「3本川」か「サンズイ河」を分かりやすく言葉で表現する。また「モリオカ」の場合だと「木の森」か「さかる盛」、「オカ」の方は「岡山県の岡」か「小高い丘」または「キュウの丘」など大先輩が読み手として指導してくれた。だからほとんど間違いはなかったように思う。今回「カナダ」と「英国」の間違いも指摘されているが、これなどは「読み合わせ校閲」がなかったか上司がほとんど責任放棄していたかだろう。
元官僚議員が「昔はこんなことはなかった」と嘆いて見せたらしいが、現職官僚は「人員不足」や「多忙」を言い訳にしているようだ。だとすれば「提出法案軽視」を官僚組織が容認していることになる。任務にあたるべき組織がどれだけの人員やら時間を必要とするかの判断を誰が責任をもって統括するか。ピラミットの底辺から積み上げて最上級の者が明確に判断すべきことである。そのような仕組みができていないから「人員不足」なら「提出法案」は「欠陥もやむなし」では済まされない。
元(源)から”叩き直さなくては”ならない。元凶はトップにあるのは当然のこと。
老人のマジな馬鹿話し
パート職場ではコロナ感染対策として「密」を避けるため「時差出勤」が取り入れられた。ところが「早い方がいいだろう」といった人が多くほとんどが以前よりも30~40分早く来て早く引き上げるようになった。つまり「早出密」状態になってしまった。そんななかで、相変わらずの馬鹿話が花を咲かせることがある。
なかなか元気だけど、いつまで務めるんだ。
俺のことか?別に定年なんかないんだろう。首にならない間働くよ。
よく言うだろう。棺桶に金を入れても焼かれてしまったらどうしようもないだろう。
別に「金を貯める趣味」はないんだ。ただね、仕事をやめたら小林一茶になるんだ。
なに。あの「古池や、蛙飛び込む~」とか言う偉い人のことだろう。いまさら「俳句」をひねってどうしようというんだ。
分かってねえな。一茶は何をする人だったの?
教科書では「俳人」って紹介してるぞ。
そうだよ。「ハイジン」だよ。確実に俺は「ハイジン」になるんだ。もう決まってるんだ。
マスク顔がお面にも見えるような老人のばかばかしい話が続く。
パート職場は、70代男性6人と65歳以上の女性12人が働いている。かつては定年70歳といわれたが、今では定年とか年齢はあまり話題にならない。会社では外国人も採用されているほか80代でも働いている。本人が「やめる」といわなければなかなか契約打ち切りにはならないようだ。といっても仕事ができる健康状態でなければならないのは当然のこと。
そう。多くの人は、老後の人生を元気で過ごせるようにパート仕事をしている。パート仕事を止めたら、おそらく日々の生活スタイルが崩れて「俳人」ではなく「ハイジン」になる可能性大であろう。そんな馬鹿馬鹿話である。