集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

河津桜満開です

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 隣町の駅前大型スーパーの周りには河津桜があります。昨日のこと所用で立ち寄ると満開の桜を見ることができました。隣にいたおばさんも「満開ですね!」「いつもより早い感じですね」と驚いたような感想を漏らしていました。

 開花時期が早いかどうかわかりませんが、近くで「河津桜」満開を楽しめてほっとしました。

  

国民総生産前期比1・6%減の衝撃

 マスコミはいっせいに、昨年10月~12月の国内総生産(GDP)速報値がその前の3ヵ月に比べて1・6%減となったことを大きく伝えた。大きな扱いとなったのは、消費税が10%に引き上げられた直後であることのほか大方の予想をも上回る減少であったためのようである。前期比1・6%減は5期ぶりのマイナスであるほか年率換算すると6・3%減になるために衝撃が広がっている。

 大きな要因は、個人消費が2・9%減となったこと。消費税が10月に10%に引き上げられたうえ暖冬や豪雨災害などが消費を弱めたと見られる。増税に伴い節約消費が予想されるために食料品は8%に据えおくほかポイント還元などの対策が打たれた。そのために増税前駆け込み反動は和らいだと判断するのか、それともこの大きな落ち込みはこれからの経済に重くのしかかるととらえるかわかれそうである。

 実質成長率を見ると、今回の増税前駆け込み需要は0・5%増(前回=14年1~3月期=は4・1%増)、増税後の反動減は今回6・3%減(前回は7・4%減)。

 大問題の「コロナウイルス」が、これからどれだけ広がり世界の経済に影響するか予測は難しいのだろうが、マイナス面に作用することは間違いなさそうである。オリンピックへの影響も懸念されるから、正確な判断材料を身近に整えたいものである。

 

衣料品市場がもがいているらしい

 昨日のこと昼飯を食べに近くのレストランに入った。この店は希望すると讀賣新聞を見せてくれるのでそれも期待のひとつであった。新聞には「アパレル『脱スーツ』の時」との記事が半ページほどのスペースで掲載されていた。

 サラリーマン現役のころ、アパレル業界と呼ばれる世界の真ん中ではなく、その周辺を徘徊していた。そんなこともあって、見出しに惹きつけられて読み進みながら現役のころを想い出した。 

 いまのアパレル業界は、相当な苦境に見舞われているらしいことが分かった。ビジネススーツに身を固めた団塊の世代が引退したことや非正規雇用も含めてカジュアル化が進んだこと。若い世代は子育てなどのために衣服支出が少ない。さらに通販などが進化して店頭販売が減っていることなどが理由らしい。そうしたなかでユニクロだけが業績を伸ばしているそうだ。そのユニクロは、当時から「製造小売り」(SPA)業態と呼ばれる仕組みを作りだして果敢に挑戦していたが、今では衣料品市場をリードする地位に躍り出たのだろうか。

 現役からパートのおじさんになってから、確かに衣料品を買うこともなくなった。想い出しても、靴下とか下着を買う程度でシャツやセーター、ズボンや背広など買った記憶はない。それでもしばらく利用したことのないコートやスーツが吊る下がっている。老人に売り込むのは難しいにしても若い人たちの生活に根付いた着てみたい洋服の提供方法を編み出して活気のあるアパレル業界を見せてほしいものである。

 

どうしたのだろう。蝶チョが減ってるらしい

 寒いなかでチョウチョはどうしているんだろう~とミニコミ紙の記事を見ながらメモしました。2月2日付の朝日新聞(社説余滴)には「チョウたちは静かに訴える」という記事が掲載されました。こちらの記事は環境問題の提起になるようです。

 記事は「美しいチョウが年に16%という勢いで急激に減っている」ことを取り上げて様々な問題を考えさせてくれる。

 調査によると、対象のチョウ87種のうち約4割が10年間ベースで30%ほど減っているらしい。それ以上のベースで減っている種類もあるらしいから驚きである。その背景には、過疎化による里山管理の問題や外来種の進出、気候変動、環境汚染などが指摘される。

 チョウチョが減少することは、食物連鎖の面から見ても危機的状況らしい。つまり「チョウがいなくなると困る生き物が多い」ために自然の生態系のバランスが崩れてしまうというわけだ。その頂点に「ヒト」がいるとしたら、深刻な問題である。ほんとですよ。

 同じような問題が、アフリカなどで発生しているとマスコミで話題です。それは「バッタの大量発生」のことです。気候変動などにより各地でバッタが大量に発生し食糧を食い荒らすために人々が食糧不足に陥るかもしれないというわけ。無関心ではいられません。

寒い冬チョウはどうしている

 カイコは、たまごからカイコになり桑の葉っぱを食べながら繭をつくる。繭の中でさなぎになり蛾に変態し、卵を産んで一生を終わる。完全変態の昆虫である。

 蛾よりもきれいなチョウチョは、寒い冬をどのように過ごすのだろうかとぼんやりと考えているとき、ミニコミ新聞の記事が目に留まった。

 記事によると、アゲハチョウモンシロチョウはさなぎの状態で越冬するという。でも越冬には様々なタイミングがあるそうだ。大事なのは「日長」のようだ。植物でも似たようなことが言えるらしいが、明るい時間(または暗い時間)の長さによりタイミングが決まるらしい。冬に咲く皇帝ダリアは「日長」が短くならないと咲かないといわれる。夜中でも街路灯が煌々と照らしていると開花しないようだ。暗い時間が長くならないと開花の条件が整わないようである。

 また、チョウチョの餌となる食草によっても越冬しないことがあるそうだ。例えば栄養価の高い草が多いと一生懸命食べてしまい身体が大きくなってしまい越冬しなくなる。ところが気温がぐんぐん下がるために凍死してしまうらしい。

 そうしたなかで、千葉県でよく見かけるルーミスシジミは成虫越冬する珍しい蝶だそうです。比較的温暖で食草も整っているためだろうということである。それでも寒くなると行動範囲は狭くなるようですから、大事に見守りたいものです。

地質時代「チバニアン」正式名称決まる

 地球の極が逆転していた時代と重なる地質時代の名称が注目されていたが、1月17日に日本のチバニアンとすることが明らかになった。地質時代区分に日本の地名が採用されるのは初めてのことであり、教科書でもチバニアンが紹介されることになるでしょう。

 地層や地質にまったく興味を持たない老人が、おととし(2018年)11月に、バスツアーで千葉県市原市田淵の養老川沿いの崖地層を見学したことがあり、時代区分の名称に関心を持つようになった。ちょうど見学の直前には、国が同地を「天然記念物」に指定したこともありました。 

 市川市田淵の地層は、いまから12万8000年前~77万4000年前に積み上げられた火山灰や砂、泥などが何重にも重なっており地球の歴史を知るうえで貴重であるといったことから研究者や専門家が地質時代の名称として正式採用したそうです。同じような地層を見ることができる場所はイタリアにもあるようですが、市原市の養老川沿いの地層が様々な条件が整っていたことも決め手になったようです。

 地質時代の新しい名称チバニアン、「新世代第四紀更新世中期」の約65万年間を指すことになります。この時期は、地球のN極とS極が逆転した時代とも重なるそうです。ちなみに地球誕生46億年の中で「極の逆転」は何回もあったそうですから、気候変動の先には「極の逆転」が起こるかもしれませんね。

 もう一つ、ヒトの誕生は定かではありませんが、最も「人間に近い」とされる「ホモサピエンス」が誕生したのは20万年~30万年前と言われますから、「チバニアンの時代だということになります。もちろんそれ以前に「原人」(ホモエレクトス)とか「猿人」の誕生は確認されています。確かなことは専門家にまかせて、50万年前の地層を見ながら地球の過去と未来を考えてみませんか。

テレビ「ポツンと一軒家」に拍手

 我が家のテレビは、料理、旅、クイズ、韓ドラがほとんどで、最近は楽しみの「笑点」も消えてしまった。そうしたなかで「ポツンと一軒家」(テレビ朝日、日曜夜)が共通の話題になってきた。楽しく見られる番組であり拍手を送りたい。 

 番組は、航空写真を基に山奥のポツンと一軒家を探して突然訪問する内容だが、なかなか発見の多い番組である。しばらく前のことだが、番組をきっかけに結婚相手が見つかったとの話題もあった。

 山の中の昔の集落は「限界集落」から「消滅集落」へと進み、生活さえ成り立たないのが現実。しかし、都会の喧騒とは全く違う自然の中での生活は「便利」とは別の価値を教えてくれる。子どものころの4世代家族を想い出す郷愁が忘れられない。時折涙さえ出てくる。

 70年ほど前の自給自足の生活を想い出す。当時我が家は、山の中腹の集落(と言っても1軒1軒は歩いて20分ほどの距離だった)にあった。炭焼きをしながら麦や稗、ソバ、大豆、小豆、野菜を栽培し、山菜や木の実を食料としていた。肉類はうさぎやキジ、タヌキ、馬、川魚などだった。そのころは、クルマの通る道はなく自転車もなかった。ひたすら山道を歩くしかなかった。小学校へは歩いて片道1時間、中学校へは片道2時間かかった。もちろん電気はなく灯油ランプで明かりを取ったしラジオなど聞いたこともない。

 いまテレビに登場する「ポツンと一軒家」は、車が移動手段であり電気に頼る生活がほとんどである。澤水を使うのは似たようなものだがろ過設備は整っているようだからそれだけ”文明”が進んだと思う。それでも80歳台の高齢者の想い出話には「子供はふもとへ下宿しながら中学校に通った」などが出てくるから、様々な苦労が読み取れる。

 山奥の生活から離れたくない気持ちは、よく分かる。先祖代々の墓がありそれを見守りたい。緩やかな人づきあいがあっている。その方が気が楽である。今更知らない人の中に入りたくない。自然の空気が身体にあっている。喰うものに心配はいらないなどなど。山奥だからこそ人情もある。何も「お金さえあれば」とか「便利」だけの生活が「幸せ」とは言えない。そうした「価値観」がもっともっと評価される世の中になってほしい。

 番組を見ながら、様々な郷愁を感じるこの頃である。80歳が目の前になった。