集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

百日紅(サルスベリ)の花

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 住まいの近くにサルスベリの花を見つけました。

 花の色は赤といっていいでしょう。近づいてみると黄色の花の芯でしょうかありました。おしべとめしべでしょう。すでに小さなサクランボのような実もつけていました。この木の花は7~10月にかけて咲き、今が見ごろのようです。

 木の名前は、サルも滑り落ちそうに木の肌がつるつるしているから名付けられたようです。元々は「百日紅」が原産の中国名のようです。それは100日以上も花が咲いているからということのようです。ところが花自体は「1日花」といわれるようにせいぜい2~3日で落ちてしまうようです。新しい花が次々咲くのでしょう。 

 公園管理を手伝っている公園の近くには、赤い花のほかに白やピンクなど5種ほどが見られます。そのサルスベリの木は花が終わるとほとんどの枝が剪定されます。それでも翌年には枝が生え、花を咲かせてくれます。

 サルスベリの木と花はいろいろな楽しみ方があるようです。

 

 

朝日の「平均値」の勝手な読み方

 朝日新聞3日付『平均値を疑え』を自分流に読みました。

 一つは、平均値と中央値の推移について触れている点。専門家は「10~13年の伸びは平均値がプラスなのに中央値はマイナスで、全世帯の総収入は伸びたけれど、ちょうど真ん中の世帯の収入はむしろ減った」と説明する。富裕層以外の所得が減ったことを意味するというわけだ。なるほど「平均値」と「中央値」の推移からこんなことが読み取れるのかと納得した次第です。

 二つ目は、政府の取り組みに関する意見である。専門家は、低所得(または所得減)が長く続き高齢になっても貯蓄がほとんどない世帯がかなり多いことを直視すべきと指摘する。そのうえで「老後の生活水準の格差が広がりすぎることへの対策は欠かせない」との意見。納得である。

 世帯貯蓄の中央値には「貯蓄ゼロ」は含まれていないようだが、老後の生活水準格差の現実を直視するなら”ごく当たり前”の指摘ではないだろうか。世間では「自己責任」の風潮が見られるが、その風潮を押しとどめて社会保障の役割を強調するのが為政者の仕事だと思う。

 新聞の役割について考えると「世帯貯蓄」とか「所得格差」が統計の解説として扱われることが多いようである。それはよしとして、「1%の富裕層」資産と「99%の人々」の所得と同じといった表現が同感を覚えるように、その現実をClearにすることが求められ期待されているのだと思う。いかがだろうか。

生活の実像を隠す平均値に踊るなかれ

 参議院選挙前のこと「老後2千万円問題」が噴出した。パート生活の後期高齢者である当方は、そのことは大方理解されていることだが、老後の生活に蓄えのない人(または少ない人)はどうすればよいのかが大問題であることを問うた。同時に「2000万円」が1人歩きしてしまった背景に高齢者の実態を反映しない「平均値」が虚像として徘徊したことを指摘した。さらに、高齢者の個々の実像を伝えることがマスコミの役割ではないだろうかと問題提起したつもりである。

 朝日新聞3日付オピニオンのページは『平均値を疑え』のタイトルで専門家へのインタビュー記事を掲載した。記事は見出しに「家計調査 世帯貯蓄の平均に 実は3分の2が届かず」と掲げている。まさに「平均値」は、いまの高齢者の実像(生活実態)からかけ離れていることを示しているだろう。中央値でさえ「平均値の6割ほどの水準」というからなおさらである。

 記事はさらに、この統計には「貯蓄ゼロの世帯」が含まれていないことを明らかにしている。おそらく「貯蓄」についてまとめたものだから「ゼロ」とか「債務世帯」は対象外ということかもしれない。これは当方の憶測である。

 政府が、国民の老後のことを考えるために統計を作成するのだから、憲法に従って「貯蓄ゼロ世帯」(または債務世帯)の老後生活を保障する立場から取り組んでほしい。そうした底辺層の実態を覆い隠すかのように「世帯貯蓄の平均」像を描き出しても国民の実生活の姿をとらえることはできないと思う。

 そこは「報道機関」の出番だと思う。だって、いつの時代でも時の政府は「社会保障の充実」を掲げるはずだから。底辺層の生命を救い上げることこそが社会保障の姿であると思うからです。

 昔昔、「統計学」と「中小企業論」を受講したことを想い出しながら記事を何度か読み直しました。

庶民は「消費税10%」中止だ

 まだまだ残暑が身体に応えますが、秋の気配を感じる9月になりました。ということでマスコミは10月からの「消費税10%」を話題にしています。

 パートで生活をやりくりしている後期高齢者の当方は、「消費税10%」中止こそが本筋と考えています。しかしマスコミは、あたかも10月から「消費税10%」が実施されるという前提での取り上げ方が圧倒的に多いと思います。まあ、税率が多様で複雑だとかキャッシュレス決済での還元も多様であるなどの問題点を指摘する程度である。消費動向や景気の行方についても突っ込んだ報道は少ないように見える。

 これから、米中貿易摩擦の影響や日米貿易協定のマイナス面が景気動向に影響を与えるでしょう。また観光地では日韓の政治的摩擦が現実かしているなど景気動向は下振れが続くと見られます。

 ところで、ある新聞は記事の末尾で商店街の店主のつぶやき「本当に1か月後に増税するつもりなのかなあ」を紹介している。これは「中止」してほしいとの期待と「早くはっきりせよ」との怒りがまぜこぜになっての思いと受け止めた。増税前の駆け込み需要が弱弱しいとの判断を含めて政府の増税宣言に躊躇が見られる。それよりも素早く「消費税10%」は中止すると宣言すべきときと思う。

秋からの消費税「10%」は中止ですね

 暑い暑いなか秋からの「消費税10%」実施が気になってしょうがない。それだけで頭がくらくらする。増税したいお役人は増税は間違いなし”と叫んでいるようだが、歯切れが悪い。その一つに”駆け込み需要が弱い”といった表明もある。いずれにせよ「消費税は10月1日から10%にする」という「実施宣言」に手間取っていること間違いない。そこには「実施延期」もありえるからだ。

 後期高齢者の一員である当方は、もちろん「消費税10%」は実施しないとの宣言を待ち望んでいる。お役人が躊躇している間に”中止”や”延期”に追い込むための意見表明をしっかりとしたいものである。

 マスコミで、気になる記事に出会った。近年国の税収が膨らんでいるそうだ。2018年度の税収のうち「消費税の占める割合は29%」に上るという。ほとんど30%に近いわけだ。それが秋から増税されるとしたら、今年度は間違いなく国税収入の3割は消費税ということになりますよね。許せますか。

 先の選挙で「税はあるところからとれ」。「消費税は廃止だ」と訴えた新党が躍進した。後押ししたい気持ちである。

「れいわ」現象を受け止めましょう

 あるところで、大人の引きこもりやこどもたちの不登校のことが話題となった。当方は、その数の多さに驚かされた。そんななかで参議院選挙が行われ、「れいわ」とか「N国」が当選者・参議院議員を送りだした。今回の「れいわ」現象から、「これからの社会のありよう」を考えたいものである。

 朝日新聞2日付けは「山本太郎という現象」のタイトルで、専門家3人の意見を特集した。映画作家は『しがらみの世界に「風穴」』を開けたと評価している。また政治学者は『新時代拓く「実験」に期待』しているという。既存政党は打ち出せなかった「消費税廃止」とか「奨学金チャラ」は、現状打破の起爆剤として支持を得たのだろう。重度障碍者を制度的に当選させることなど既存政党では構想さえしなかったのだろう。 

 こうした「れいわ」の発想が、社会的弱者に希望をあたえてくれることとして永続することを期待したいものである。そのあたりを、もう一人の政治学者が「個人頼みの現状 政策次第」として意見表明している。つまり「オーナー依存のミニ政党」から支持基盤に支えられた政党への脱皮が課題というわけでしょう。

 いろいろな見解、評価が行われるでしょう。何よりも大事なのは「大人の引きこもり」とか「不登校」またはその背景にある「貧困」の膨大さに政治が本気で向き合うのかどうかだと思う次第。

身障者の議会活動保障を期待

 先日「れいわ」に拍手を送るメモをまとめた。今回の選挙でパラリンピック選手が当選したことを再認識した。当選者は車いすを必要とする方のようである。かつて八代英太氏が車いすで登院する姿を想い出した。それなりの改革が議会で進んでいるということでしょう。

 今後の「れいわ」議員の活動を考えると、介護者とか秘書の役割が重要になるような気がする。その経費は、現状ではどうなるだろうか。これからどの程度改善されるだろうか、議会の本気度を知りたいものである。議員会館の利用や議会での意思表示などさまざまな改善策が求められることでしょう。ここは思い切って国費を投入する方向で、いわゆる障害者の権利を保障するべきだと思う。

 こうした事例は、テレビの課題というよりは新聞の課題でしょうね。