集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

硬貨は邪魔なのだろうか?

 硬貨について考えさせられることが相次いでいる。デジタル庁とかキャッシュレスとかよく分からないことが進んでいるだけにその辺の影響だろうと思いますが老人には理解しがたいことである。

 2年ほど前だったと思うが、近所にあった地方銀行の有人出張所がATM(自動受払機)に変わってしまった。その隣には郵便局(ゆうちょ銀行)があり、多くの人は地銀から「ゆうちょ」に切り換えたらしい。そんな話をよく耳にした。その地銀ATMが最近になって「硬貨取り扱い中止」を掲示し、実際に「紙幣」だけの取り扱いになってしまった。ATMになってからも「硬貨」利用していた者としては「理不尽な扱い」を受けたと腹だたしく思うのだが、致し方ない。従って遠くの地銀の有人店舗を訪ねて「硬貨」預けをすることになってしまった。ところが「土日祝日」は有人店舗でも「硬貨」は扱わないと書いてあったような気がする。

 先日は、郵便局で税金のほか電気料金を支払った。手続きが終わると窓口の人が書類を示しながら「来年からはこれらの支払いが有料になります」といったことを説明してくれた。短的には「自動引き落とし」にしてくれということらしい。来年のことだから「勉強します」といって書類をもらって帰った。自宅に戻って少しだけ読んでいると「硬貨」取り扱いが有料になるらしいことが分かった。つまり「硬貨何枚以上は〇〇円」と説明している。硬貨での預け払いに手数料が必要になる。両替ではないのに理不尽だと思うのだがなぜだろうか。

 デジタルとかキャッシュレスとか盛んに言われるようになったようだが、とりわけ「硬貨」は邪魔者になってきたのだろうか。低金利と合わせて変な世の中になってしまったものだ。