集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

映画「一粒の麦」を楽しむ

 

 9月28日午後、映画「一粒の麦~荻野吟子の生涯」を観ました。

 モデルとなった”荻野さん”についての知識は全くなかったため、どれだけ理解できたか不安も残りますが、楽しく鑑賞しました。作品に感謝です。

 パンフレットによると、荻野吟子は、ペリー来航よりも前の1851年(嘉永4年)に現在の熊谷市に生まれた。若くして結婚するが1年ほどで実家に戻り、治療のために東京の医者に掛かり、そこで女性医師の道へ進むことを決意する。慶應から明治に変わっても男尊女卑の習わしは変わらず、女性医師を認めない制度は堅固であった。そうしたなかでもあきらめることなく「女性医師」承認を求めて勉学し、制度改変を求め続けた。

 ようやく希望がかなえられ医院を開設できたのは1885年(吟子34歳)であった。こうして「日本で初めての女医」荻野吟子が誕生した。 

 その後は、キリスト教の洗礼をうけ「男女平等」に感銘を受け乍ら、医師として女性解放の運動に熱心に取り組む。同時に新しいパートナーと巡り合い、恵まれない子どもたちの面倒も見るようになる。 

 1913年(大正2年)吟子62歳にして他界。その生涯を60分余の映像で知ることができました。 

 制作は、現代ぷろだくしょん。監督は山田火砂子。吟子役は若村麻由美、ほかに佐野史郎賀来千香子柄本明等が登場します。写真は解説パンフの表紙(500円でした)。 

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