集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

「貧困ライン」が下がるということは?

 マスコミ報道によると「貧困ライン」が話題のように感じる。どのようなことか素人なりに考えてみました。 

 まず「相対的貧困率」というのがあるそうだ(これとは別に「絶対的貧困率」という考え方もある)。これは、等価可処分所得に従い全国民を並べたとき真ん中に位置した人の額を「中央値」とし、その2分の1の額を「貧困線」と呼びます。このライン未満の所得の人たちの割合が「相対的貧困率」というわけ。マスコミでこれらの問題が取り上げられた模様です。

 この間、相対的貧困率は9%前後を上下しているらしい。1999年が9・1%、2004年が9・5%、2009年が10・1%、2014年が9・9%である。もう一つの「貧困ライン」は、99年が157万円、04年が151万円、09年が140万円、14年が133万円と下がり続けている。貧困ライン(中央値の2分の1であるから)は中央値に連動するために生じた結果といえそうだ。

 貧困ラインの所得額が下がるということは、「ライン」以上の人たちは「貧困」から脱出したとみなされるわけだ。本当にそうだろうか。09年には年所得140万円未満が貧困層とみなされたが、5年後には133万余の人は貧困層とはみなされなくなった。いま現在から見ても3年ほど前のことである。 

 先の、『週刊現代』の記事は「アンダークラス」が激増し続け、これは「格差」ではなく新しい「階級」を形成していると強調しているが、こちらの方が現実感がある。

 可処分所得の「中央値」が下がったことは、低所得層が増えた結果だろうと推測する。それにつれて「貧困ライン」が押し下げられるわけだが、ラインを少しでも上回った人たちを援助対象から除外する論理に仕立て上げるているようで悲しいことである。

 もっともっと学習を重ねたいものである。