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集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

野菜は大根や瓜、ジャガイモなど

 当時(昭和33年ごろまで)我が家で栽培していた野菜は、大根、丸大根、かぶ、ニンジン、ゴボウ、瓜(キュウリの一種)、ナス、ジャガイモ、カボチャ、ゆうがお、トウモロコシ、ほうれん草、白菜、菜の花、赤しそ、とろろ芋などだった。とうもろこしは穀類に加えるべきだったと思うが失念していたので書き加えた。

 いま「キュウリ」と言えば細長い緑色のもので、スーパーなどへ行くとどこでも販売している。当時栽培していたのは、いま都会でいう「キュウリ」とは異なる。郷里では「瓜」が一般的な呼び方であった。キュウリと違うのは、成長すると太くなり茶色になる。なかに種がたくさん詰まっており熟したものは「種」として保存利用した。生で味噌汁や味噌和えのほか味噌漬けがおいしかった。

 大根は、収穫後土室(いったような気がする)を作って保存し1年中食べられた。また一部は冬にゆでて、自然に凍らせたあと乾燥させ「凍み大根」としてみそ汁などの具として食べていた。これは「凍み豆腐」と同じ方法による保存食づくりだろう。同様に大根の葉っぱも冷凍後に乾燥させて真冬に食べていた。

 葉物栽培が少ないような気がするが、ほとんど山菜で間に合っていたのだろうと推測する。そうしたなかに菜の花があった。これは菜種油の必要性から栽培したものと推測するが定かではない。その菜種油を絞った後の粕の塊をおやつとして食べたことを懐かしく思い出す。

 なんともわびしい生活ぶりであった。