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集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

綿・コットンと連帯経済

 朝日新聞日曜日の付録に「グローブ」が届く。2月5日付に興味深い記事が掲載された。グローバル資本主義とか連帯経済、ワタ(綿)といった言葉に関心を持って読みました。

 最近のことだと思うのだが「グローバル資本主義」が取り上げられ、その弊害が問題になっている。なぜ「資本主義」ではなく「グローバル資本主義」と言われるようになったのか。それはそれとして別の機会に考えたい。

 記事は冒頭で「グローバル資本主義」に代わる「どんな形の経済がある」かと問いかけながら、全体を構成している。その一つがブラジルで見られる「WATA(綿)」でつながる「連帯経済」ではないだろうかといった内容である。

 要は協同組合形式によるものだが、働く人たちが協力しながらワタを栽培、収穫するというもので、いわば雇用主との雇用関係はないのがポイントのようだ。しかもここで栽培される綿は有機コットンであり、高く販売できるのも魅力である。

 同様な運営形態が、紡績・織布、縫製段階でも取り組まれており、それぞれが連帯して製品を市場に送り出しているというわけ。こうした連帯経済がブラジルではなかなかの評価されて広がっているそうだ。

 いわゆる「協同組合」とか「NPO」とどのように違うのかは定かでないが「グローバル資本主義」とは異なる経済の仕組みとして関心を集めているらしい。

 記事は、一方で失敗例も紹介している。破綻した生産工場を労働者が連帯して稼働させていたが、設備の老朽化もあって競争に立ち遅れてしまう。主役の労働者が議論を重ねるが「設備の更新」による稼働継続よりも「平等な配分」が多数を占めて、終末期に向かっているようだ。ここで記事は「原点を忘れた」としているが、資本主義の中での競争には「勝ち残る」(他を蹴散らす)ことしか生きる方策はないような気もする。

 協同組合のグローバル化を提唱することがあっても良いのではないだろうか。