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集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

集団就職と啄木題材の『北帰行』を読む

 1昨年の秋ごろと思うが、集団就職石川啄木に関連することをストーリーとした『北帰行』が発売されたという紹介記事が目に留まり、これは何が何でも読まなければと書店注文で入手した。この小説は、作者・外岡秀俊が東大在学中の1976年に発表した作品。その年12月には河出書房新社から単行本として発売され、このほど新装版として再刊されたもの。作者の外岡は、朝日新聞社に入社し、本社編集局長を最後に退職、現在はジャーナリストとして活躍する傍ら中原清一郎のネームで創作品も発表しているそうだ。

 明治100年の式典が盛大に行われていた年(1968年だろう)に、北海道の炭鉱町から集団就職で上京した私=二宮と仲の良かった同級生の卓也、それと都会から中学校に転校してきた同級生の由紀を中心とした生き方が大きな流れのようだ。それ以上に啄木の作品をそらんじるほどに関心を持っている私=二宮を通して語られる作者の啄木像の表現が作品評価を高めたのどろうと推測する。

 私が、集団就職したのは明治100年式典の年というから、1953年に北海道の大きな炭鉱町に生まれたと推測できる。子供たちは何らかの形で炭鉱とともに生きていた。炭鉱には労働組合があり組合員である者と使用者側の家族の子弟にはいつの間にか隔たりが生じてくる。中には労働組合対策のために赴任してくる職員もいるわけだから子供の世界にも伝わってくる。主人公たちが中学生のころ炭鉱で爆発事故が起こる。その救助を巡ってもそれぞれの立場の違いが表れる。この事故で父親を失った私は集団就職の道を選んだ。

 就職先は、東京の町工場。中卒の先輩たちと同居しながら働くが2年ほど経過したころ意見の対立から何人か骨折するほどの大喧嘩になる。結局私=二宮は職場から放り出される。その後は日雇い仕事など転々としながら食いつなぐ。20歳ごろだろうか飯場で働いているときに大学まで進学したはずの卓也が痩せこけた姿で飯場に転がり込んできた。そのうち卓也は「爆弾を破裂させる」ことを打ち明ける。

 その「爆弾破裂」の社会的意味合いを考えながら二宮は5年ぶりに北海道に帰ることにする。それを知った卓也は、由紀宛の分厚い手紙を届けてくれるように託す。手紙をもって盛岡や渋民で啄木の足跡をたどりながら漸く由紀に会うことができる。2人とも中学校時代の懐かしい想い出にふけりながら、別れ際に由紀は「出産すること」を打ち明けた。

 二宮は、北海度で由紀に手紙を渡したことや由紀の感情などをまとめた長文の手紙を卓也宛に投函する。その返事が届くが卓也は最後に、計画してきた爆弾破裂を「実行する」と書いてあった。それを読んだ二宮は、計画を食い止めようと老いた母親の心配をそっちのけで上京の準備を始める。

 炭鉱町の家族たちとそれらを反映した子供たちの姿、集団就職を選んだ二宮とその職場の仲間たちとの葛藤、そして戦争体験した寮の管理責任者の心情などブログ筆者にも想像できることが多い。二宮が就職先を放り出されてからは、比較的恵まれて高校から大学へ進学したはずの卓也との関わりが中心になるが、当時の「爆弾」は学生運動の流れと重なるような気がする。ブログ筆者より10年ほどのちの時代背景を思い起こすとともに啄木作品の理解に楽しみながら読み終えた。 

 作品は、1952~53年から20年ほどの時代を背景に描かれたものと思う。その時代に生きた主人公たちの行動に石川啄木の作品の背景を重ね合わせることが作者の狙いだったと思う。少年たちの生い立ちや人生を通して啄木の作品それぞれの背景を作者なりに解き明かしてくれている。

 同じ題名の小説も発行されているので作者、出版元を確認しながらの読書をお勧めする。