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集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

映画は2本建て3本建てで

 東京・高円寺駅近くに映画館が2つあったように記憶している。中野駅近くには東映大映の映画館があった。映画といっても当時は封切館といわばアウトレット式の2本建て3本建て上映館が多くお金のない少年はこちらの映画を楽しんだ。タイミングを逃し混んでいるときは立ち見も覚悟で鑑賞したものである。

 古い手帳を見ると就職した1957年6月以降結構映画を見ている。その内容などほとんど記憶にないが大まかなタイトルのメモが残っている。

 6月24日 「アリゾナの嵐」(高円寺映画劇場)とある。洋画と思われるがこれ1本のみだったろうか、わからない。

 7月17日 「誘惑からの脱出」ほか(中野大映

 7月20日 淺草国際で「夏の踊り」を見て、中野東映で「大菩薩峠」他を観ている。

 7月21日 「くちづけ」、「三日月秘文」他を中野大映で鑑賞。

 連日映画鑑賞するなど時間的ゆとりがあっただろうか不思議に思うが、メモに残っている。その後は、

 10月6日 「誘惑」(ムービー山小屋)。山小屋の所在は思い出せない。

 10月20日 「純愛物語」とプロレス映画(エトアール)。この映画館の所在も思い出せない。

 新年になると正月休みもあって1日「サザエさん」他(平和・東宝)、4日は歌手三浦光一の実演、「すっ飛び五十三次」ほか(渋谷松竹)、「嵐を呼ぶ男」他(渋谷日活)と梯子をしている。6日は「8人の花嫁」ほか(淺草大映)などと映画だけが楽しみといった正月だった様子である。

 その後はなぜか洋画が続く。その中に「今は死ぬ時ではない」とか「OK牧場の決闘」(エトワール)などがメモされている。

 15~16歳としてこれらの映画を本当に理解していただろうか。単なる娯楽だったと思いますね。失礼します。