集団就職世代の想い出といま

北東北の奥深い山の集落から15歳の誕生日を迎えたばかりの少年が大都会の町工場に就職した。それから60年ほどが過ぎたいま、さまざまな想い出とこれからを綴る。

パーキンソンの兄が亡くなりました

昨日昼前に兄嫁から、「入院中の夫が亡くなった」との電話が入った。兄は昭和13年生まれであるから80歳と言って良いでしょう。よく頑張った生きたなぁというところである。 兄は、当方が集団就職した春に地元の高校を卒業し東京の町工場に就職した。その…

候補者の「希望」「民進」2枚看板を許してはならない

いよいよ総選挙が公示された。候補者は競って公営掲示板にポスターを貼りだした。 民進党から「希望」に押しかけた候補者は「希望の党公認」と比例は「希望の党」を明示している。さらに「連合推薦」とも書き込んでいる。先の朝日の投書にもみられるように全…

民進党は「希望」と連携ではなく合流を選んだのか

選挙が始まった。マスコミの話題は選挙の行方で忙しい。 8日の朝日新聞を読みながら「民進党」の混乱ぶりを知ることができた。 一つは投書欄に「党員・サポーター 忘れてないか」が掲載された。民進党サポーターの投書者は、裏方仕事をしてきたサポーターに…

ほんとに時給は上がるのだろうか?

先日のことパート職場の朝礼で、責任者が「10月から時給が上がる模様なので今まで以上にしっかりと仕事をしてほしい」と話していた。現在の時給850円が少し引き上げられるだろうと期待される。まあありがたいことである。 仲間によると「知人に”うれし…

9月の速足散歩は22回(日)でした

健康のためと続けている速足散歩が9月は22回(日)となった。私的には”やった!”といった感じ。まあ座布団1枚というところですね。これからは”無理のない努力”が肝心でしょう。 回数が多いのは、早朝からスタートしていることが何よりも大きな要因。とこ…

「しがらみ」と「アウフヘーベン」具体例を挙げてほしい

東京都知事・小池百合子たんが何かと話題の主になっている。これも小池たんの意向であり作戦かもしれないと思う。 新党立ち上げの会見で、政策の第1に「しがらみにない政治」を挙げたようである(朝日新聞26日付参考)。インタビューでも連立政権に関して…

消費増税は中止が筋でしょう

朝日新聞9月26日付オピニオンのページに立命館大学教授・松尾匡氏のインタビュー記事が掲載された。大きなタイトルは「問題だらけの経済政策」である。 なるほど、なるほどと思いながら読み進んだ。読んだと言っても素人に「理解」などできてはいない。な…

「消費税の使い方を変える」に騙されない

夕方テレビの電源を入れると安倍首相の解散表明演説であった。 総選挙で信任を得る理由について、「これまで約束してきた消費税の使い方を変更する」ことであると説明した。これからの使い方は「給付型奨学金の増額や園児など子育て費用の無償化」だと説明し…

販売価額の表示を大きくできないのはなぜですか?

買い物を精算する際「もっとわかりやすい」方法はないものかといらだつときがある。 スーパーやコンビニのほとんどが、商品の「本体価格」を大きく表示し、近くに「税込み価格」を小さく表示している。なかには「税込み価格」を表示していない店もある。今は…

戦争体験を聞く会で懇談

かねがね企画していた「戦争体験を聞く会」が10日地元で開かれ、主催者の一人として参加した。夏になると、あの悲惨な戦争が終わったことが様々な形で話題になる。そんなことを「地元で話題にすることができればよいなあ~」と周囲に話していると ようやく…

「昆虫記」完訳、奥本大三郎氏

またまた朝日新聞の受け売りです。9月9日付「文化・文芸」欄で紹介されました。 昆虫研究者でもないフランス文学者の奥本大三郎さん(73歳)が、30年かけて『完訳 ファーブル昆虫記』全10巻20冊(集英社刊)を完成させたという。 奥本さんと言えば…

男女別学高校と養蚕の関係

気まぐれですが「養蚕」の文字を新聞で見かけたので、メモしました。これは朝日新聞9月5日付33面ニュースQ3を参考にしました。 時代とともに公立高校で、男子校とか女子高という「男女別学」が全国でなくなりつつあるらしい。いま「別学」が残っている…

8月の速足散歩は26回

健康維持を目指して続けている”速足散歩”8月は26回(日)を数えた。この回数は「努力賞」と言っていいだろう。 その要因は、早朝4時半から歩いていること。それと、この時間帯に雨に見舞われることがほとんどなかったことである。雨と言えば、7月中頃に…

民進党代表選雑感

新聞を読んでいると民進党の代表選挙関連記事が毎日大きく扱われている。それだけ報道価値があるのだろう。まったくの部外者として代表者よりも政党としての「芯」とか「心棒」を確立することが大事ではないかと思う。代表者の「求心力」に頼るのでなく「芯…

あの戦争終わって「敗戦」か「終戦」か

ある新聞で「敗戦から72年~」という言葉に出会った。直感的に「間違いではないがそういう理解でよいのだろうか」と思った。 先日「終戦から72年」と表現したところ、ある人から「戦後」の方がよいのではないかと指摘された。議論することでもないのでア…

カジノ法と公聴会の役割は何だろう

政府はカジノの施設運営基準の素案がまとまったとして、17日に東京で公聴会を開いたことをマスコミが伝えている。 何が何でも観光客誘致のためにカジノ場を設けたい政府が開催する公聴会ってどんな役割があるのだろうか。17日の東京をはじめ今月中に9か…

ストーブつけた~の話届く

8月17日(木)生まれ故郷の甥からしばらくぶりで電話がかかってきた。用件は「贈り物が届いた」という報告であった。もちろんお互いの家族のことや自分自身の健康状態についても話が弾んだ。 気候の話になると、甥は「この間の日曜日は寒くてストーブをつ…

小田原城や三島大社をめぐるバス旅でした

3日は機会がって小田原城や三島大社をめぐるバスツアーに参加することができ、楽しい1日を過ごしました。バスでは偶然にもパート仲間と一緒になるなどふれあいの楽しみもありました。 城や神社に特別に関心があるわけではありませんがその歴史については関…

7月の速足散歩は26回でした

体重コントロールを願って「速足散歩」を重ねていますが、7月は26回(日)を数えました。この回数は我ながら「よくできました」といった感じです。それも早朝からの散歩を開始したことが大きい。自分に感謝しよう。 早朝というのは、4時半スタートである…

政府の「処遇」を気遣う連合の姿勢に唖然

「残業代ゼロ」をめぐって労働組合「連合」はぎくしゃくしていたが、27日の会合でこれまでの”容認”を正式に撤回した模様である。この容認撤回は、連合傘下の労働者だけでなく全国の労働者や家族にとってとりあえずの朗報である。今後は、連合がしっかりと…

辞任で済まないことが多いのでは?

夕方テレビニュースで「稲田辞任」、「蓮舫辞意表明」などが伝えられた。ほかにも防衛省か自衛隊の幹部が辞任するらしい。民進党では幹事長(元首相)が辞任表明したばかりである。さらに週刊誌報道をきっかけに国政議員が会見したりコメントを出したりして…

連合の「残業代ゼロ」交渉合意見送りは当然

先ほどニュースを観ていると、連合が「残業代ゼロ」についての政府との合意方針を見送ることを決めたと伝えていた。本当かどうかは、これからの連合内の論議と手続きを見なければならないが、ともかくニュースの内容を信じたいものである。 連合本部の先走り…

連合は労働者の要望を実現する運動組織ではなくなった

さきに労働組合の「連合」が、「残業代ゼロ」法案に同意する姿勢を示したことが報道された。これに反対する動きが広がり19日には連合本部前で集会が開かれた模様である。至極当然のことである。どのような条件を整えようが「残業代ゼロ」が正当化されるよ…

「社会保険加入」制度で給料が減るの?

年金受給者がほとんどのパート職場ですが、いまの話題が「週の勤務時間が減らされる」ということです。「給料が減ってしまう」とか「年金に加入して受取額はどれぐらい増えるか」、「本当に社会保険に加入できるのか」、「仕事の質が落ちるのでは~」などさ…

「残業代ゼロ」をめぐる連合の”先走り”を問う

理解が十分でないために不確かなことだと思うが、「残業代ゼロ法」に向けた政府と労働組合「連合」の妥協が少し先送りされたらしい。どうも「連合」の先走りが要因のようである。 これはよく知られる「1日8時間労働」とか「週40時間労働」を定めた労働基…

都民ファースト大勝に思うこと

2日の都議選の結果、小池百合子の「都民ファースト」が大勝した。同時に自民党の議席が極端に減ってしまった。マスコミをベースに考えると、自民党が様々な事件を抱えて自滅したということでしょう。 ところで「都民ファースト」というのは政党なんだろうか…

吹割の滝とサクランボ狩りを楽しみました

2日には、上州さくらんぼ狩りと吹割の滝を楽しむ日帰りバスツアーに参加しました。朝のうち雨が降っていましたがバスが出発するとだんだんと天気は薄日もさすような空模様に変わってきました。気温も予想ほど高くなくまずは上州バス旅日和だったと思います…

6月の速足散歩は27回でした

健康のためにと速足散歩1時間を続けている。6月は30日のうち実に27回(日)歩きました。この回数は我ながら「努力賞」だと思います。 回数(日)が比較的多かったのは、梅雨入り宣言されたとはいえ雨の日が少なかったこと。それと5月から早朝の散歩を…

小学校の同級生は11人

子供のころ山奥の村は町村合併により「市」に変身した。1954年(昭和29年)11月のことである。そのころ村には大字が5つありそれぞれに小学校がおかれていた。ほかに分校が2つあった。中学校は役場のある近くに1つあり、村中から生徒が集まった。…